BPIA研究会『目からウロコ〜!』 レポート 研究会 2011年度 研究会/講演会

第44回 目からウロコの「新ビジネスモデル」研究会(2011/8/30)
『マジンガーZの格納庫を作ったらいくらになるか?』
講師:岩坂 照之 氏
前田建設工業株式会社 経営企画本部 総合企画部 広報グループ グループ長

テーマ: マジンガーZの格納庫を作ったらいくらになるか?
日 時: 2011年8月30日(火)16:00~18:00
場 所: アーク情報システム(市ヶ谷)
講 師: 岩坂 照之 氏 前田建設工業株式会社 経営企画本部 総合企画部 広報グループ グループ長

■ はじめに

前田建設総合企画部広報グループの岩坂です。もともと土木部門にいたのですが、現在は、広報の仕事をしております。

本日お話しする「ファンタジー営業部」は、会社の組織図にはない部署で、ホ ームページの企画の名前です。アニメやゲーム、漫画に登場する現実にありえないものを作るように依頼されたなら前田建設はどうするだろうか、というWeb 企画です。その実現のために検討する様子を公開しています。2003年2月からですから、すでに8年になります。平成15年(2003年)に、マジンガー Zの格納庫を作ると72億円になるという見積もりをホームページに公開したところ、アニメファンを中心に大きな反響がありました。

私が入社した頃から 、建設業界はマスコミはじめ社会からお叱りを受けることが多く 、これはまずいという問題意識が はじめにありました。そこで、なんとか建設業界のファンを獲得したいという思いから、建設会社の現場を判りやすく伝えることにしました。こうしたことを通 じて、若手の優秀な人材を獲得したいという気持ちもありましたし、また入社後の活性化もできれば という思いもありました。例えば入社後3~5年もすると、仕事が随分わかってきて、 失望感もでてきます。コストダウンが最優先で、希望も剥がれ落ちてくる時期です。こういう人たちに、やる気を持ってもらう事も必要だという考えもありまし た 。実際、この仕事では若手が嬉々として働いています。

「ファンタジー営業部」の反響

前田建設は、いわゆるゼネコンとよばれる会社です。近年では設計、施工だけでなく 、維持、補修などにも力を入れて きました。「環境経営No.1と言われる建設会社」を目指しています。前田建設は、お客さまやエンドユーザーさま、あるいは地域社会の方たちから、最も信 頼される企業でありたいと願っています。こうした信頼を得るために大切なのは透明性だろうと思います。

この「ファンタジー営業部」も、建設業に全く興味のない方々に、楽しくかつわかりやすく建設会社の仕事をご理解いただけたら、という想いか ら始まったものです。いわば、「透明性向上プロジェクト」です。さらに、前田建設のファンになっていただけたら、うれしさも増します。

最近は、自社での情報発信ばかりでなく、依頼を受けて、ビジネスになるケースも出てきています。協和発酵キリン様からは、抗体医薬について 啓蒙をしたいということで、「サンダーバード」のキャラクターを使った企画の話をいただきました(「トレーシーアイランドをつくろう」http://www.kktblab.jp/tracyisland/part01_1.html)。ドミノピザ・ジャパン様からは、月面出店計画(http://moon.dominos.jp/)という企画が来ました。業界を越えた反響をいただいています。

これまでの最大ヒット数は、一日に約12万5千ページビューありました。ヤフーインターネットweb of the year 2004 にノミネートされたこともあります。受賞でなく 、ノミネートされただけ、というのが前田建設らしくていいかなと思います。

この事業はいま、新たな広がりを見せております。自動車業界やロボット業界とのお付き合いも始まり、講演の依頼もきています。また最近、韓 国企業の訪問も受けました。 韓国では、ファンタジー営業部のことが本になっているのです。それにしても、その訪問では韓国の積極性を感じました。片言の日本語で会いたいと国際電話を かけてきて、翌週には来日。「どんなブルーオーシャン戦略なのか」などと質問されました。

「ファンタジー営業部」の誕生

この「ファンタジー営業部」は、建設業に興味のない人に興味を持ってもらいたいというボトムアップの企画です。建設業界の実体とイメージのギャップを何とかしようという問題意識を持つ人が集まって、インターネットで何かできないかと考えていました。

その頃、医療業界では医療ミスが続いて起こり、 その対策として「インフォームド・コンセント」という概念が出てきました。われわれの業界でも同じことができないかと思いました。我々も「インフォーム ド・コンセント」的アプローチが必要だと思ったのです。とはいえ、すぐに、よし変えるぞ、とはいきませんから、その前段階で何か始めようということになり ました。これが「ファンタジー営業部」 のきっかけです。

しかし、具体的に何をやったらいいかわからなかったのです。あるとき、本田技研の二足ロボットのP3(アシモの一世代前のもの)を見て、技術以上に 観客のリアクション、つまり子供から高齢者までが 興奮して笑顔を見せていたのに感動しました。また、そのロボットを見て、これを巨大化したらどうだろうと思いました。実現するには予算の問題がありました が、検討するだけならタダだと気付きました。これをインターネットの媒体に乗せればいいという構想が誕生したのです。それが2002年のことでした。

あとは検証でした。Webでは、40歳男性がメインユーザーになるとのことでした。それで、『マジンガーZ』というテーマならいけそうだと 判断しました。ただ、実現した場合、ご迷惑をかけるところがないか心配しました。ステークホルダーに対する影響を考えたのです。まず社員の反応は意外にも 良好でした。株主、発注者にもご迷惑はかからないことは分かりましたが、 最後に残ったのは 漫画原作権者の許可の問題でした 。

さらに工期や工費を公開すべきか、論争になりました。しかし、これはどうしても入れなくて、とがんばりました。確かにルールが違うとコスト も変わってきます。土が違ったり要求が違ったりしますから難しい問題ですが、これを入れないと意味がありませんし、話題が波及していくためにも必要だろう と思いました。社内許可を得るため、こういうネタが好きそうな人間を見つけて、コアメンバー15、6人を集めました。それを総合企画部長から社内に上げて もらいました。そのときに私が仮のリーダーになりました。

さて、会社側からは何とか認めてもらいました。認めてもらった理由は、業務時間外の活動になってもやりますと言ったことと、1年で目標のアクセス数を達 成しなかったらやめますという撤退ルールを作ったのがよかったのではないかと思いますが、後日、役員から、「何をやるのかわからなかったが、一生懸命だっ たからいいかと思った」という話を聞きました(笑)。

活動開始後のたくさんのご協力

ファンタジー営業部の活動が社内的に認められたといっても、実現までの過程にはまだ困難が残っていました 。まず、原作者から利用の許可をどうとったらいいのかも知りませんから、広告代理店に行ったところ、担当の方から「いい話ですね、2000万から3000 万あれば可能でしょう」と言われました。そんなお金はありません。しかし、この時の担当の方がとても良い方で、帰り際に、「われわれの世界では、原作者が 良いといえばそれでいい業界です」とヒントをくれました。此方が相当にがっかりした顔をしていたせいだと思います。とはいえ、アニメ人脈など全くありませ ん。そこで、『マジンガーZ』の版権を管理する東映アニメーション様のトップに直接お話をしたところ、即決でダイナミック企画さんを紹介してくださり 、 利用の了承が得られました。

何とか版権の問題はクリアしましたが、格納庫の見積もりを出すときに、弊社で検討できる分野ばかりではありませんでした。「この部分は見積 無し」 とは行きませんから、社外協力が必要となります。といっても、無償でお願いするわけですから、無理強いも出来ません。そこで、今から考えると若かったなあ と思うのですが、ホームページのお問い合わせから協力依頼のラブレターを書きました。「無償ですがご協力いただけないでしょうか」という話ですから、返事 など来ないと思っていました。ところが、驚いたことに、いくつかの会社から、ご協力くださるとの連絡をいただきました。中には、会社ではNGになりました が、個人で出来ることはお手伝いしますというお話もいただいて感動しました。

協力依頼をうけてくれた会社に後日聞いてみると、突拍子もない話であったので、社内の突拍子もない人に依頼が振られたようです。これが功を 奏しました。人脈を使うよりも、外からドアを叩くことで、波長が合う人に会えたと思います。営業でお世話になっている人に頼んだら、相手の方も、前田建設 から頼まれたから仕方なくやるかという感じになったのではないかと思います。

こうして多くの方のご協力をいただいて、2003年2月に、前田建設のホームページの片隅に、ファンタジー営業部が加わったのです。 2003年8月にマジンガーZの見積金額を公開しました。 ニュース性があったのか、ヤフーの今日のお勧めに取り上げてもらい 、そこから凄い勢いで 他のメディアでも扱ってもらうようになりました。

第2弾は、『銀河鉄道999』の鉄道の橋脚でした。地球を飛びたつときの橋脚を作るとしたらどうなるか。「橋」という専門色をやや強めたも のになりました。アニメファンだけでなく鉄道ファンにもアピールしたい、という思いもありました。第1弾の『マジンガーZ』を見た一般の方から、もっと新 しい時代のものにしてほしいという手紙をもらっていたこともあって、1974年のマジンガーZから1984年の作品を選びました。たいして新しくないじゃ ないかという話もありましたけれど(笑)。

マジンガーZの頃から、 東映アニメーションの方 にアドバイスをいただいて いました。「ファンは非常に作品を愛しているので、すべての作品を見て、どこの場面でも矛盾がでないように」と言われました。「はい、わかりました」と約 束した我々は、実際に全ての作品を見ました。そこで作品を細かくチェックしてゆくと、いくつかの壁にぶつかりました。たとえば、橋脚が壊れる場面で鉄筋が 飛び出ているところが描かれていますが、そこは鉄筋コンクリート製なのだろうかという迷いや、橋脚が下まで描かれていないために高さが見積もれない悩みな どです。ただの飾りとして描かれた部分は、先進の技術を取り入れた制震装置として利用してみたりしました。これは、一般の方より業界専門家の高い評価を得 ました。

新たな展開

第3弾では、ポリフォニー・デジタルさんのレースゲームの実現検討をしました。この『グランツーリスモ 4((http://www.maeda.co.jp/fantasy/project03/01.html)』では、グランバレー・スピードウェイ建設 を企画し、環境をテーマに入れました。

第4弾で、初めてのオファーをいただきました。『世界初! 民間国際ロボット救助隊を創ろう!編(http://www.maeda.co.jp/fantasy/project04/01.html)』 という企画です。民間の国際救助隊を組織した場合の初期費用とランニングコストを算出するという命題です。「災害救助とは何か」から考え、救助隊の移動手段、作業服、救助作業車やその他機器、そして救助用ロボットによる救助隊の実現に挑みました。

空も陸も、救助の移動手段については社外の協力を得ないとどうにもなりません。飛行機の改良はANA総合研究所さんに、陸上の移動手段につい てはコマツさんにご協力いただきました。各専門家が本気になってくれたのです。彼らが乗ってくると、実にユニークで面白いことがおこります。お願いしてい ない所までも描いてくれるのです(笑)。しかも精巧な設計です。コマツさんも、本当に発注がきたらどうしようと本気で心配するくらいの素晴らしいモノが出 来ました。オンワードさんも、夏・冬用の制服をそれぞれ2種類デザインしてくれました(「これがロボット救助隊の姿だ」http://www.maeda.co.jp/fantasy/project04/06.html)。この制服を実際に採用された会社もあり、楽しい話題となりました。

ファンタジー営業部では、3次元 CADを使った設計をする人間が中心でやっています。
いわばハリボテにすぎない従来の3D-CADと異なり、構造、設備までを完全に3Dデータ化し、本物同一の建造物モデルを仮想空間(=パソコン上)に作り 上げてしまうのが「BIM:Building Information Modeling」と呼ばれる技術です。コンクリート内部の鉄筋や鉄骨などの構造、空調や照明などの設備、そして外壁タイルや壁紙にいたるまで、必要部材 をすべて盛り込んだ「三次元の図面」「完全仮想模型」(=BIMモデル)を作ってしまう手法です。一度作ったBIMモデルを利用すれば、緻密な構造計算は もちろん、空調、照明等のシミュレーションなど、建設前に充実した検討を行い、作った後の「しまった」を排除することができます。

最近、「ドミノピザの月面店を出す(http://moon.dominos.jp/index2.html)」という企画をいただいて、ホンダさん、JAXAさんなどと一緒に月面店舗の積算をしたところ、1兆6700億円という数字になりました。この企画に、弊社はプレゼンテーションムービーを放映し、BIM画像を提供 しています。

おわりに

いま、物語の「具体化」が困難な時代だろうと思います。
組織の持続戦略としてCSRやグローバル化が言われ、ブランド化がみられます。これは世界的 に集約化の傾向です 。しかし一方で、個人の興味は成熟化し、多様化しています。また個人が情報発信する メディア化も見られます。
こうした時代にあって、組織の持続戦略(生み出す付加価値)と個人の興味(欲しい付加価値)という両者を矛盾なく一体化できる具体的な物語を作る必要が あると思います。ファンタジー営業部では、日常にない「あるべき姿」を無理やり設定して、いろいろな試みを実行してきました。

これは、『マジンガーZ』でも『銀河鉄道999』でもそうですが、新しい制約条件が設定され、ありえない発想が要求されます。コス トダウン、コストダウンと言われません から、個人としては面白いでしょう。しかし、それだけでなく、組織として有益であるプロジェクトにしなければ企業として受け入れてくれません 。逆に、ロボット救助隊のように、組織として有益な取り組みだったとしても、それを読み手としての個人が 面白いと感じてもらえなければ 、盛り上がることはありません 。

基本的にファンタジー営業部は、タダ働きになりますから、こうした自律的活動をどうしたらいいかということが問題になります。そのために、 動機の生成と動機の維持が必要ではないかと思います。動機を生成するために、具体的で魅力的な、可能性を感じさせる独創的なアイディアが必要だろうと思い ます。目的に賛同可能で役立つことも必要でしょう。熱意と自信も必要だろうと思います。しかし、こうやって動機を生成しても、それを維持することの方がか えって難しいかもしれません。どうしても、業務の合間の仕事になりますから、作業量を最小化すること、「無駄を排除」しているというところを見せる必要が あります。また、素人なりの感嘆や感想を担当者にしっかり返すことが必要だと思います。「本気のリアクション」です。さらに、これが大きかったと思います が、読者やメディアの反応があったということです。われわれがなしたことに対して、「結果の創出」がなされたということです。

こうしたファンタジー営業部の活動に対して、社内の一部には、ゼネコンとしての夢を読者に大きく見せ すぎて、実際の 仕事とギャップが出すぎではないかという懸念があることも確かです。ただ、リクルートの面では非常に効果があったように思います。優秀な人材が集まってき てくれます。弊社の入社面接を受ける人は、ほとんどすべてファンタジー営業部に言及してくれるようです。お客様の中には、ファンタジー営業部のファンだと 言ってくださって、仕事をくださった方もいます。 私たちは広告代理店にはなれませんから、リアルビジネスとして発展させていくというのはちょっと無理が あるかなという気もしますが、この活動は今後も継続が認められておりますので、これからも新たな取り組みを考えていきたいと思っております。

ありがとうございました。

「記録・丸山有彦」

研究会終了後のワンコイン交流会