インタビュー

【プラットフォーム・インタビュー】第2回 テレビマンユニオン 重延 浩 会長


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「創造を組織するには・・・」
~クリエーターのためにあるべき組織の形を求めて~

テレビマンユニオンは、1970年に日本で初めて誕生した独立系制作プロダクション。重要決定事項はメンバー会で決め、メンバーの投票で選ばれた代 表から社長が選任されるというユニークな形態を維持している。映像クリエーターという特殊な人々を組織化するという前例のない挑戦を続けてきた。
1979年から33年間代表取締役を務めた重延浩氏に、組織と人材育成について聞いた。
聞き手・坪田知己(メディア・デザイナー)

メンバー会が90%の株を持つ

坪田 テレビマンユニオンという会社は、重要事項はメンバーの会議で決め、メンバーの中から投票で選ばれた代表の中から社長を選ぶというユニークな組織になっていますが。その真意はどこにあるのですか?

重延 shigenobusan1それは労働組合が会社と対立して分離独立したのではありません。労働組合も組織です。「組織原点」ではなく、「個人というもののあり方」を主張して、それがどこまでできるかを貫こうと先輩たちは考えたのです。つまり確立していないところから考えるということでした。TBSも新しい時代の産業形態を模索し、3つのプロダクションの誕生に協力した。そのうちの2社には、社員を出向させたが、テレビマンユニオンは独立したメンバーで作ったのです。

坪田 株式会テレビマンユニオンの資本構成はどうなっているのですか?

重延 約90%がメンバー株で、あとの10%ほどをTBS、イマジカ、東通などのパートナーの会社に持っていただいています。
メンバーは現在130人ほどで、今は入社して2年で、特に問題がなければメンバーになれます。メンバー総会で3人の代表を選び、その中から社長を選びます。「社員投票で社長を選ぶ」というように書かれたこともありますが、こういう形で、間接的に選んでいます。

坪田 メンバー総会で決めることは何ですか?

重延 メンバー総会は意思決定機関ですから、代表を選ぶ以外に、メンバーの入退会の承認、基本運営方針、経営責任を取るということで、利益についての配分、不利益に対する自己負担の方法、既定額以上の投資の決定もします。そして新メンバーの入会など。メンバー総会で意思決定はしますが、執行は株式会社として合法的にやります。

坪田 普通の会社と違って、ある種の2重組織ということで、社長の時期は大変だったではありませんか。

重延 相当の矛盾を含んだ存在ですね。矛盾を矛盾として開き直れる精神力が必要ですね(笑)。でも、私もクリエーターですから。人間というものがどういう心理で動くかということについて、素晴らしい経験になりました。
実はメンバー総会の決定があることはいいことです。独裁はいけません。大体トップの提案に対して最初は賛成3割、反対7割。それを賛成7割に持っていく。なんと時間のかかることかと思いますが、それは各メンバーが自分たちの意思で動かしていく組織には必要なことです。

自由を重んじ、報酬は基本給と出来高の並立

坪田 メンバーの報酬はどうなっていますか? 実力の世界ですから、それに対応した配分をするのですか。

重延 実力の世界を楽しめる人と楽しめない人がいます。最近、やや後者が多くなってきているように感じます。報酬は基本額と出来高の二本立てです。当初の10年ぐらいは、その比率が1対2ぐらいだったのですが、その後1対3にまでなった。今は「これでいいのか」ということで、改定を検討しています。基本額は「全員平等」という意見もあるのですが、私が強く主張して、年齢とともに上がるようにしています。

坪田 労働時間とかはどうなっていますか?

重延 クリエーターですから本人の自己選択でやっています。年に4回のメンバー総会に出席することが義務で、それ以外は自由です。一定時間働くことを強制していません。小説家や画家が作品を作るのに何時間費やしたかというのと同じです。

坪田 テレビマンユニオンの入社試験は、いきなり自主的にチームを作って野球をさせるとか料理学校で料理を作らせるとか、とてもユニークで話題になっていましたが、若い人を育てることについての考えを聞かせてください。

重延 普通の会社は人事部があり、毎年ほぼ同じ形の試験でしょうが、テレビマンユニオンには人事部がありません。毎年選考委員が変わります。彼らが試験についても自主的に考えます。そして採用したら、選考委員がそれぞれマンツーマンで新入社員をメンバーになるまでフォローします。どのプロジェクトに入るかも、その人が指導します。ある種の徒弟制度ですね。

坪田 メンバーが経営に対しても責任を持つということですが、危機はなかったのですか?

重延 過去3回赤字を出しています。創業の時、本社移転の時、リーマンショックの時です。赤字補てんのためにメンバーが貯金をする制度があり、十分貯金している人も、全然貯金していない人もいます。

坪田 テレビマンユニオンは、通常の会社とはかなり異なった組織ですが、手本とか、よく似た組織はあるのですか?

重延 手本はありません。試行錯誤でやってきました。「似ているな」と感じたのはベルリン・フィルハーモニーですね。演奏家たちが音楽監督を投票で選んでいます。番組の取材に行って、大いに共感しました。また英国の小さな広告会社でよく似た会社がありました。
「上場したらどうか」という話もありましたが、そうすると普通の会社になってしまいますので断りました。

文明が軋み、デジタルが生まれた

坪田 今の会社とか決算とかは、工業文明の所産として作られてきた。そういう時代から、「もう耐えられない。もっと自由にしてくれ」というのがデジタルの時代だと思う。重延さんは著書の中で「デジタルヒューマニズム」ということを書かれているが、デジタル時代に「人間の素晴らしさが発揮される」と期待しておられるのですか?

重延 そういう点では、テレビマンユニオンは将来の組織への実験でした。
shigenobusan5 今、「テレビジョンは状況である」と言っているのは、一回混沌としなければいけないということです。解決の道を語れるまでは来ていない。
人間というのは生命的にも不思議な存在で、まだ人間が人間を理解できていないし、コントロールできていない。「効率」は一時期の文化・文明を作ったけれど、この文明は崩壊しつつあり、軋みが来ている。それに火をつけたのがデジタルという存在です。もう一つ「核」という問題がある。
そういうものをオペレートできない。それをどうしたらいいか。それがクリエーティブだということです。そこの関心からクリエーティブするわけで、テクニックではない。「これはルネッサンス以来だ」と予感しています。中世が悪かったわけではない。中世も大変な文明だったけれど、軋みが来た。産業革命も市民革命もルネッサンスからの流れだった。
しかしそれが軋みを生んで、そこにデジタルが現れた。
たとえばSNSは別空間。あれを「構造的に考えられますか」と問われても答えられない。だから「状況が始まった」ということなんですね。構造を超えた事態が広がっている中で、今の会社はそれに追いつこうとしているけれど、「軋みは違うところに来ていませんか」ということですね。
放送界では、「(デジタルとの)融合」とか「連携」と言われているけれど。私は絶対その言葉は使わない。(アナログとデジタルは)別次元だと思っている。別次元で共存するべきだと考えている。だから2次元で組織図を描いているようではダメで、3次元以上で考えないといけない。

坪田 歴史は集中と分散、構造化と崩壊を繰り返してきたと思う。今は新しい構造を探している時代ではないか?

重延 旧構造で守られるということはないと思います。今、全企業が(旧構造を)必死に守ろうとしている。私たちは早く離れたので気楽に見ています。
テレビという小さい世界で見ても「あれを見せたくてお仕事をなさっていますか」と問いかけても、誰も答えてくれない。自分たちが見たいと思っていないものまで作れるほど発達してしまった。自分たちは見ていませんよ。そういうことができるまで構造の確立ができた。そのことについては非常に有能だった。これで、これからの状況に対応できるかといえば、誰も答えないし、「考えたくない」ということで動いている。この不思議な実態が日本では早く来て、世界に広がろうとしている。

坪田 映像そのものはyoutubeとかニコニコ動画などで氾濫している。ところがテレビ業界は「守り」の姿勢しか見えない。その落差が広がっているように思う。

重延 「視聴率が命」という構造は変わっていません。かつては1%の競争だったが、今は0.1%の競争。その「0.1%を取るために何でもやれ」という指示が来る時代です。マーケットリサーチによるデータばかりが来ます。データを知ることは重要です。でも私は「データ通りにはやらない」というためにデータを見ています。

リーマンショックで得たもの

坪田 テレビマンユニオンは良質な番組作りにこだわってやってきましたが、今後もその姿勢を貫くのですか?

重延 これはリーマンショックの教訓なのですが、テレビマンユニオンは安い制作費のものは手掛けてこなかったのですが、リーマンショック後は安いものも引き受けるようにしたのです。その結果、びっくりするようなことが起きました。
テレビマンユニオンはスタッフを厳しくしつけているので、信頼感がある。テレビ制作では普通、安く発注すると信頼感が低下するものができあがってきやすい。ところが「安くても信頼感を維持できる」ということで、発注が激増しました。1本あたりの利益率は下がりましたが、発注が途切れることがない。しかし、人を増やすかどうかという問題に直面しています。
shigenobusan3 もう一つは技術革新ができたということです。安く作るには新しい撮影機材とそれを使う方法、編集の方法などを導入しなければならない。それを否応なく学ぶことができたということです。さらに学んだことは新しい職種についてです。制作のラインはプロデューサー、ディレクター、アシスタント・ディレクター(AD)で構成されますが、全体を多角的に動かし、効率的にやるシステムオペレーターのような仕事をするには、近年もう一つの職種がいる。システム管理です。
その管理にすぐ対応できるというのはこれまでとは別の才能で、これはディレクターに匹敵するシステム上の新しい位置かもしれない。

今までの縦割りのラインではなく3次元で考えるべきだ。この新しい職種を放送局への見積もり書にも入れていかなければならない。
フランスのレストランのウェイターは、全情報を握っている。経営者ではなく、料理をするわけではないが、サービス全体のキーマンになっている。こういう新職種だということです。

「是枝監督の目で分かった」

坪田 いいクリエーターを育てるというのがテレビマンユニオンの目標だと思いますが、どういう人を育てたいのですか?

重延 クリエーターとしては絶対にオリジナリティーですよね。人のやったことのないことをやる人、「この人だけだ」という人。そういう人は天才ですから組織は必要でなくて、個的に自立していく。組織的に考えれば多様性と、新しいものに目を向けられる感覚が必要です。
私はICU(国際基督教大学)でリベラルアーツ(教養)を学んだ。教養というありかたに自由感を感じていました。天才でないなら、教養をどう動かしていくのがいいということではないか。

坪田 130人のクリエーターが切磋琢磨するという環境がいいのではありませんか。

重延 ある種の人間体験を非常に狭いところで深くできるのがいいと思います。
人間というのは不思議なもので、昨日まで同じだったのに、ある日突然急に変わることがあります。見ていると階段状の上昇ですね。良い本を読んだとか、いい恋人が出来たとかでポーンと変わります。しかし、それには蓄積がないとダメです。蓄積があってきっかけがあってポーンと変わるのです。

坪田 そうした若い人がどこまで成長したのかをどうやって知るのですか?

重延 ある感覚があって、人となりとか言葉とか、目つきとか。廊下ですれ違っても感じられます。是枝(裕和監督)が「映画を撮りたい」と言ったときに、「目」だけで、「やる」と決めました。もちろんサイド情報は仕入れていて、「あのワンカットは人とは違うな」という印象は前から持っていました。
「世界ふしぎ発見!」という番組は視聴率が求められる番組ですが、12人のディレクターがいます。その時、いい視聴率が出ると「この次失敗するな」ということを想像したりします。視聴率の悪かったディレクターには「そろそろ来るな」と期待します。だからテレビジョンは生きているんですよ。ある成功があると、「次にも」と同じことをやってしまう。それがマイナスになるときがある。そういう時は、次回は視聴率があまり問題にならない番組でやってもらうとか、いろいろと手を打ちます。一種のゲーム感覚ですね。

大きなプロジェクトでは大変なことが10回起こる

坪田 経営でも番組制作でも、「失敗したらどうするか」と考えることはありますか? 私は新聞社で同僚から「無謀」といわれる仕事をたくさんやってきましたが、「最悪の状態」をいつも頭にいれていたので、何も怖くありませんでしたが。

重延 「失敗は忘れて、成功は記憶する」というのが人生訓ですから、失敗はほとんど忘れました(笑)。shigenobusan6テレビマンユニオンは1970年にTBSから独立したメンバーが作った会社です。過去は修正できないけれど、未来は修正できると考えています。失敗といえば小さな失敗はたくさんあります。経営はシミュレーションが大事だと思います。メンバーに一度だけ謝ったのは、リーマンショックを予想できなくて赤字決算にしたことです。新聞を見て、「金融の世界のこと」と限定的に考えていたのですが、予想以上に大きな事態で、不明を恥じました。
(「失敗を覚悟しておく」ということは)相当正しい。大きなプロジェクトをやるときはみんな怖がる。作品を作る時、1億円以上の大きなプロジェクトでは、「大変なことが10回来ます」と覚悟していました。関係先での事故とか、契約に行き詰るとか、交渉に失敗するとか。でも、トラブルが来た時には「これで一つ減った」と考えました。最後に残り一つになった時のうれしいこと。そのくらいタフな神経を持たないと、クリエーティブな仕事はできません。

<傍白>
大変楽しいインタビューだった。事前に「『テレビジョンは状況である』を読んでください」との要請があり、インタビューを含めて「重延浩の世界」を堪能できた。
日本のテレビ界では、NHKとテレビマンユニオンだけが傑出した番組を作り続けている。テレビマンユニオンは、実態は「クリエーター集団」だ。その創造力を維持するために会社がある。決して「従業員」ではなく、「職人」である。それだけに、全員がわがままだ。それを取りまとめて、創造性と収益を両立させる仕事は並大抵の能力では不可能だ。
重延さんは、根っからのクリエーターだ。しかし、あえて経営者という「雑用」を引き受け、集団としての能力を最大限発揮するように、心を砕いてきた。一般の会社に、このスタイルを求めることは無理だが、世の中で知的能力が一層求められる時に、先行モデルとしてテレビマンユニオンのやってきたことは大いに参考になると思う。「一人一人の自己責任を積み上げて組織にする」というスタイルを取る会社が今後、いくつも出てくるような予感がする。「クリエーターのためのプラットフォーム」として、テレビマンユニオンを今後も注目していきたい。

◎重延浩氏
(しげのぶゆたか) 1941年旧樺太生まれ。1964年TBS入社。1970年日本初の独立系製作プロダクションであるテレビマンユニオンの設立に参加、1979年代表取締役、1986年代表取締役社長、2002年代表取締役会長・CEO、2012年から会長。ゼネラルディレクター。『海は甦る』『印象派』『世界ふしぎ発見!』『ベルリン美術館』などの番組を企画・演出し、数々の賞を受賞。近著に『テレビジョンは状況である』(岩波書店)がある。

◎株式会社テレビマンユニオン 
1970年、TBSを退社した萩元晴彦、村木良彦、今野勉らが中心となって設立。日本で最初の独立系制作プロダクション。契約社員を含め約300人が所属。2013年、『そして父になる』でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した是枝裕和監督は2013年度現在同社のメンバーの一人。毎年、数々の賞を受賞し、質の高い番組を制作することで定評がある。