最近“サステナビリティ”(持続可能性)に関連するテーマが注目されています。企業には、サステナビリティを意識した経営が求められ、利益追求とESG(環境・社会・ガバナンス)の両立が必須となります。現在のような不確実性社会のなかにおいては、企業の存続のために、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)への取組みが重要となっています。
当研究会においても、SXをテーマとしてとりあげ、関連するSDGs、ESG投資などについて、事例などを参考に深堀をしてきました。ここでは、SXと関連するテーマについて簡単に解説したいと思います。
1.ダイナミック・ケイパビリティとウェルビーイング経営の実践
社会にとって必要な役割をもつ企業であれば、その企業が長きにわたり存続することが重要となります。そのためには、変化するビジネス環境を認識し、スピード感をもって経営資源を再構築する必要があります。そして、持続的な競争優位性を確立する経営戦略の実践が必要です。こうした経営にとっての重要な能力として、感知(変化を感じ取る能力)、捕捉(保有資源の再構成と利活用)、変容(変化への迅速な対応による組織強化)があり、これをダイナミック・ケイパビリティの3つの要素としています。典型的な事例として、よく取りあげられるのは、富士フィルムの業態転換の成功です。イノベーションの施策として社内制度を改革し、制度に柔軟性をもたせて新規事業へのチャレンジを可能にした例、自社のコア領域を核としながらも協創により事業領域を拡大した例など、新たな価値創造により企業を活性化した事例は多数あります。企業の枠を超えた活動によって自立しようとする社員をサポートする企業も増えています。
ウェルビーイング(Well-being)経営では、社員が幸福で健康な状態で働け、企業にもメリットのある経営を目指します。健康問題に着目したこれまでの健康経営やウェルネス経営を進化させたものといえます。個々の従業員が働き甲斐や生き甲斐を感じられる施策が重要であり、かつ企業に貢献できる活力につながる必要があります。最近は、リモートワークが進み、家庭などでの仕事時間の増加や働き方の変化に伴う健康問題を課題とする企業が増え、経営の重要テーマとして種々のアプローチが実施されています。このような企業経営に対する継続的な活動が健康課題の解決に加えて社会貢献にもつながり、企業間の協創協業等により、さらなる社会貢献につながっていくことが期待されます。
2.多様化するリスクへのアプローチ
SXでは企業の持続性を考えるうえで、ある程度長期的な視点が必要になります。ビジネスに対する環境や要求の変化をとらえ、経営戦略として、イノベーションとリスク管理を重視する必要があります。通常作成されている中期計画とは異なる観点での長期の戦略が必要になります。
リスク管理では、これまでは、BCPとして震災などの自然災害を前提に計画が作成され、短期的な対応で完了する対策でした。最近ではパンデミックのほか、その影響で発生する取引先や関係企業の倒産への対応を急遽作成するところが増えましたが、予想以上に長期の対策を迫られています。自然災害の深刻度は増しており、Global Risks Report 2021の“発生の可能性が高いリスク”の順位の第1位が異常気象、第2位が気候変動対応の失敗となっています。(なお、“影響が大きいリスク”としては、第1位が感染症、第2位が気候変動対応の失敗となっています。) 異常気象は、日本での集中豪雨、カナダでの50℃近い気温、欧州での洪水、アメリカでの異常乾燥と山火事など全世界で発生しており、企業活動にも無視できないまで大規模化しています。
SXに対する長期的な面からの対応では、国家間関係の危機(経済安全保障の政策動向把握)、生産拠点やサプライチェーンの管理(生産拠点多元化、調達先集中度の低減、サプライチェーンの“見える化”の促進、代替網の検討、国境移動の最小化、材料調達の多様化)、ランサムウェアによる身代金支払い要求&生産設備停止や顧客と技術情報等の流出(サイバーセキュリティ対策の見直し)、脱炭素対応(情報開示の推進、再エネ導入、技術開発)、悪意あるSNS炎上(ネット情報監視)、敵対的買収(株主対策)のほか、人為的な災害や事故、キーマンの人材流出など、多様なリスクを考えておく必要があります。特に、新型コロナの世界的な感染によるサプライチェーンの混乱での生産の遅延、世界的な半導体不足による生産工場の停止などが発生し、サプライチェーンの脆弱性が顕在化したこともあり、リスク管理の重要性が認識されました。また、製品やサービスに関する不具合等での顧客とのコミュニケーションや企業体質に課題のある企業も報告されています。いずれにせよ、リスクマネジメントが企業価値の向上や経営改善につながることが必要です。
最近では、サイバー脅威が急速に増加しており、産業制御システム、発電所、パイプラインやプラントなどの重要インフラを標的にしています。サプライチェーンの弱点を悪用したEKANSなどのランサムウェア攻撃が産業に大きな影響を与えており、企業のサイバーセキュリティ対策もゼロトラストモデルへの転換などが迫られています。
3.環境への対応と課題
環境への対応は、事業継続の必須条件となりつつあり、日本が得意とする工場での生産製造に大きな影響を与えます。再エネ電力などの使用はもちろん、投入資源の極小化、稼働ロスの削減、プロセス改善などを確実に実施するとともに、材料の開発などにも注力する必要があります。インダストリー4.0やスマートファクトリーの推進も重要となります。
脱炭素に対しては、サプライチェーン全体に要求されるケースが多くなり、未達の場合には仕事を失うケースが出てきます。特に、海外の超大型企業では、すでにグループ全体での脱炭素の方針を発表しており、部品提供企業は部材提供の末端企業まで影響を受け、末端の中小企業も対応を迫られています。さらには、輸入部品や部材などが、環境や人権に悪影響をもたらさないものであることを証明する必要に迫られることもあり、証明の方法も課題となります。
最近は、カーボンプライシングの排出量取引の取引価格が上昇していること、EUが2026年から国境炭素税(炭素国境調整措置)の導入を決定したことが話題になっています。環境対策が不十分な地域から輸入する場合、EUの排出枠価格と同程度の税を課す国境炭素税は、事実上の関税となる可能性があり、税収不足を補填する意味もあるとする報道もありますが、今後もいろいろな税制が導入される可能性があるといえます。日本の自動車部品メーカーが石炭火力発電などからの電力で部品を製造した場合には欧州各国から排出権を購入する必要があります。EV用の電池の製造に石炭などの電力を使えば、その電池を搭載したEVは排出権を購入しなければならない可能性が出てきます。再エネの導入は企業の存続に直結した課題になります。日本の脱炭素への最大の課題としては、米国や欧州に比べて圧倒的に資金量が少ないことがあげられます。
4.再エネや環境の技術的課題の解決
再エネ電力の導入は企業の生き残りの必須条件になりつつありますが、それにはいろいろな方法があり、自社内発電のほか、グリーン電力証書、産地証明再生エネ、PPA(Power Purchase Agreement:発電事業者と需要家との電力購入契約、コーポレートPPAとしてオンサイトPPAではイオンのケースが、オフサイトPPAではNTTグループの太陽光発電を首都圏セブン40店舗に20年契約で供給するケースなど)、自己託送(自家発電した電力を、送電網を利用して他の事業所などに送る方式)などです。発電にも課題があり、太陽光発電ではパネル設置の適地の減少、風力発電では安定的な風の問題、バイオマス発電では材木の品質を問わずプラントの原材料としている一部の実態、地熱発電は安定的な発電でありながら、資源量の調査から稼働まで長期にわたる投資が必要になることなど、それぞれ課題があります。さらには、送電線の容量不足、電力の需給バランスの制御のほか、再エネ賦課金の値上げも課題です。注目されている技術は、VPP(Virtual Power Plant:仮想発電所)で、いくつかの小規模な再エネ発電設備や蓄電池などを制御、需給を調整し、ひとつの発電所のように機能させる仕組みです。どのような方法でも、再エネの日本での最大の課題はコストです。
究極のエネルギー源といわれるのは水素ですが、多くの課題の解決が必要です。生成過程で二酸化炭素を出さない製造方法の開発が必要であり、運搬と蓄積に関しては、窒素と反応させてアンモニアに変換、圧縮冷却して液化、トルエンと結合して輸送後に分離、合金に吸収などの技術がありますが、決定的なものがありません。水素自動車では、FCV(Fuel Cell Vehicle)か水素エンジンかが議論されていますが、水素エンジンは低純度水素が使えるかわりに、バックファイアと冷却損失を解決する必要があります。最近は、水素よりも扱いやすいアンモニアも注目されており、グリーン成長戦略で言及されています。
その他、注目されている技術開発には、全固体電池やグリーン材料などがあります。全固体電池では、液体の電解質を使うリチウムイオン電池の課題解決を目指しますが、電極と電解質の接合方法や材料の開発が必要で、大容量の電池の実用化にはもう少し時間がかかりそうです。グリーン材料としては、バイオマスプラスチック、セルロースナノファイバーなどがありますが、耐熱やコストなどの課題のため、グリーンウオッシュ(環境に配慮しているように見せかけた不正行為)が問題になることがあります。
いくつかの企業では、自社の工場跡地を活用して、サステナビリティ関連の実証実験が行われています。パナソニックは、パートナー企業、住民、自治体、大学と“社会と地域の課題を共創イノベーションで解決する”ことを目指し、藤沢市、横浜市、吹田市でスマートタウンの実証を実施しています。具体的には、次世代のエネルギー、セキュリティ、モビリティ、ウェルネス、コミュニティのソリューションを開発し、まちづくりへ提案を目指します。最近では、トヨタの“ウーブン・シティ(実証実験都市)計画”が注目され、水素エネルギーなどをテーマとした実証実験などが予定されています。
5.資本市場からの評価
企業が資本市場から適切な評価を受けることは重要であり、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:G20財務大臣及び中央銀行総裁の意向を受け、金融安定理事会FSBが設置した「気候関連財務情報開示タスクフォース)では、“ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標”の開示の推進を求めており、経営戦略の一環として気候変動などのリスク対策を“見える化”することが重要となります。TCFDは自社の気候関連リスク・機会を評価して経営戦略・リスク管理へ反映、その財務上の影響を把握開示することを求めています。日本におけるESG運用資産額は、2019年時点で336兆円となっており、毎年増加しています。大手の金融機関は、TCFDへの取組みを融資の評価指標のひとつにしています。また、不確実性に対応した戦略立案にはシナリオ分析を推奨しています。シナリオ分析のゴールは“気候変動課題の対応”と“企業価値の向上”の同時実現です。このようなTCFDへの対応は、サステナビリティ実現にもつながるものとされ、日本では約350の企業および団体が賛同を表明しています。
さいごに
新型コロナは、これまで表面化されなかった非効率や非生産的な社会システムの課題を明らかにし、仕事の仕方や働き方を変え、飲食やサービス業界などの閉店や倒産により失業者が増加するなど、社会生活にも大きな影響をもたらしました。気候変動による災害は世界的レベルで発生し、国家レベルでは自国主義が台頭し、国家間の政治不安も大きくなり、サイバー攻撃も多発するようになりました。こうした不確実性社会のなかで、企業が生き残るためには、サステナビリティの考え方に基づき、従来以上にイノベーションやリスクマネジメントに注力する必要があります。今後は、大企業から中小企業まで、すべての企業が“利益追求とESGの両立”を求められ、企業価値向上につなげていく必要があると思われます。
企業活性化研究会 岡田 正志 (B&Tコンサル・オフィス)
参考資料
通商白書2021 (経済産業省、2021.6.29)
2021年版ものづくり白書 (経済産業省、厚生労働省、文部科学省、2021.5.28)
環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書 令和3年版 (環境省、2021.6)
Global Risks Report 2021(グローバルリスク報告書 2021年版) (世界経済フォーラム、2021.1)
2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略 (経済産業省、2020.12.25)
ESG投資を巡るわが国の機関投資家の動向について (日本銀行金融市場局、2020.7)
サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現に向けて (サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会、経済産業省、2020.8.28)
2050年カーボンニュートラル(Society 5.0 with Carbon Neutral)実現に向けて(経団連、2020.12.15)
新成長戦略 (経団連、2020.11.17)
サプライチェーン排出量の算定と削減に向けて (環境省・みずほ情報総研、2021.3.19)
TCFD 2020 サミット総括 (経済産業省、2020.10)
グリーン投資の促進に向けた気候関連情報活用ガイダンス“グリーン投資ガイダンス” (TCFDコンソーシアム、 2019.10.8)
気候関連財務情報開示に関するガイダンス2.0 “TCFDガイダンス2.0” (TCFDコンソーシアム、 2020.7.31)
TCFDを活用した経営戦略立案のススメ“気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド ver3.0”(環境省、2021.3)
革新的環境イノベーション戦略 (経済産業省、2020.1.21)